最近、とあるプロニートの方の日記を読んで、ベーシック・インカムに関して、色々考えたので、書き綴ってみる。お金の事とか色々。思った事を思ったように書く(予防線)。

働く人は働くだろう。

 日本人的な部分といか、ベーシック・インカムが実現しても、きっと、多くの人、ほとんどの人は働くだろうな。最低限の部分だけを享受するというのは、日本人の仕事に関する美徳とは違う気がする。また、そうなっても、働いてない事は働いてない事で叩かれるのじゃないだろうか。そうなったら、さらに、「俺らが喰わしてやっている。」という意識が強くなるのじゃないかな。

 より豊かに…よりも、世間体で動きそうな気がする日本人は。事実、働いている私は、世間体で働いている。

貧富の差

 資本主義の世の中だから、実力のある人、能力のある人、親が金持ちの人とかが、金持ちになるのだと思う。そのあたりをならすのというのが、ベーシック・インカムなんかな?と。そんで、ちょっと、思ったのは、例えば、ワンピースとかどうなんだろうか?尾田先生は、ワンピースで確実に巨万の富を得ていると思うのだけど、あんまり、「くやしい!」と思わないのは、マンガが好きだからかな。


 ちょっと、話がそれたか。


 ベーシック・インカムとは、ちょっと違うかも知れないけど、同時に思ったのは、お金の流れが、上層と下層で分かれているのでは?という事。に特に贅沢品など。ドンペリに8万円!とか言っている人々と、同じ通貨を使っていても、お金の流れが、全く違うのじゃないか?と。

 あんまり、ベーシック・インカムとは、関係ないかも知れないけど、こんな事も考えた。嫌消費とか、デフレスパイラルとかとも関係していると思うのだけど、うまく言葉で表すことができん。

いっその事一夫多妻制

 前々から思ってたのだけど、金持ちの人は、極端に金持ちだから、いっその事、一夫多妻すればよいのじゃあないかと。一妻多夫でもよいのだけど、生物的に、女の人がしんどそうな気がする。まあ、でも、男女平等が世の中か。

 なんか、ベーシック・インカムとは関係ないかも知れないけど、お金持ちの家族が増えていったら、みんな豊かにならんかな。という発想。きっと、人間、肉親には優しくできるのじゃあないかな。

貸すのじゃない、あげるんだ。

 私は、気ままな、実家独身貴族会社員で、派手な趣味もないから、正直、給料をほとんど使わない。将来とか、リアルな事を考えたら全然、足りない、雀の涙だが、親健在、結婚予定なし、だから、会社員という社会的身分を維持する以外の給料はおまけみたいなものだ(←怒られそう)。

 だから、知り合いで、明らかにお金に困っている人には、積極的に『貸し』たいと思っている。私の代わりに、消費してもらうというか。

 だけど、気がついたのは、『貸す』はできても、『あげる』は、できないな。と。それは、一応、自分の人生が視野に入っているからだと思うが、ベーシック・インカムの事を考えると、『貸す』を越えた、『あげる』という境地に到達しないといけないのかな、と。

 もちろん、ベーシック・インカムは、税金で行われるのだろうから、『あげる』は、ちょっと、違うのだろうけど、分かち合う気持ちを、ちゃんと醸成させておかないと、結局、「あいつらは、俺の税金で喰ってやがる!」とか、そんな考えになりそうだ。

 こんな事を考えると、人(自分)は、見返りなしに『あげる』事は、ほとんど出来てないのじゃないかと思う。雇用だって、労働力と給料のやりとりな訳だし。

まとまらない

 とまあ、いろんな事を考えたけど、まとまりません。ただ、自分が、比較的、ベーシック・インカムに賛成的なのは、自分のお金で生活している意識が足りてないというのは、ある気がする。その意識をもって、カツカツになるのも嫌だけど、確かに、足りてない。実家独身貴族だからか…。うーむ。