AERAの竹下郁子記者というと、筆者の印象としては「特に美人ではないが、なぜかそそる。ヤラせてくれないかな。フェラは苦手そうだが、感じると声だしまくりそうなタイプだし……」というもの。

 エロ目線でねろねろ視姦する程度の対象だった。

 そんな彼女がゼロ戦について発言し、ウヨった人々から噛みつかれ炎上。

 そういや竹下記者は前回はパヨク様から批判され、軽く炎上してたな。ウヨとパヨクからの両方から口撃され、大変な目にあいましたね! なんだか同情してしまう。

 ウヨから攻撃されて炎上するのはしかたないが、パヨクに噛みつかれる様子はAERA記者としてどうかと思ったなあ。なんか炎上体質なんだろうか? 炎上アイドルの爆誕を、あらためて祝福したい。

 本題に入ろう。

 ゼロ戦も熊本城も、どちらも殺人のためのモノ。とはいえ、それも読み取り方しだいだ。竹内郁子記者にとって熊本城が殺人要塞ではなく、歴史的な建築物であるように、ゼロ戦が平和を誓うためのアイコンになるのも別に不思議ではない。

 ゼロ戦は世界最高性能の戦闘機であると同時に、殺人兵器だった。

 しかし世界最高性能であるがゆえに、それは日本人の「モノづくりの哲学」の象徴でもある。世界最高性能の戦闘機をつくる日本人だから、世界に冠たる日本車をつくり、戦後は平和国家として蘇ったのである。

 戦後の平和と繁栄と、ゼロ戦はつながっているのだ。そしてそれに世界中で愛される日本のアニメである、ジブリの宮崎駿は自分を重ねた。「風立ちぬ」がそれだ。ゼロ戦を設計する主人公と、アニメをつくる宮崎駿は同じものである。

 ゼロ戦が日本の戦後の繁栄と地続きというのが私の結論だ。

 よって、竹下郁子記者に批判されるスジは全くない。